国産一眼レフ第一号機アサヒフレックス対応のレンズはスクリュー式M37マウントであった。
付随の標準レンズはフイルター口径32mm、その時代広く普及しているレンジファインダータイプに付いているレンズとさほど変わらないとても小さなレンズであった。
絞り構造は1型においては一重構造の手動クリック絞り、1A型から二重構造の手動プリセット絞りとなる。
マウント口径が37mmだったことからM37マウントといい、一眼レフがまだ普及していない時代だったの で、アサヒフレックス専用の規格であった。
交換レンズも標準、中望遠、望遠レンズは揃っていたが、広角は見当たらない。
狭い空間で写真を撮るよりも、広々 としたところで出来るだけ遠くを写そうする思いは高度成長期前段階の時勢を反映しているのでしょうか・・・・・?